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歴史

在日本大韓蹴球協会の足跡

戦後の混乱期の蹴球

サッカーは私たち在日韓国人にとって、どの競技よりも特別の思いを抱かせるスポーツです。特に、戦後の物不足や混乱期の中でも、東京では在日朝鮮建国促進青年同盟(建青)が、日本進駐軍のGHQに働きかけて、韓国を始め米、英、中、ソ連の4カ国が東京・後楽園の球技場を借り切って国際親善試合を定期的に開催した。

また、関西や名古屋地区でも同胞青少年の間にサッカーが広まり、戦後の混乱期の中でも、夢を持ち、そして挑戦する心と、創造する心を持ち続けながら、サッカーを通じて、在日同胞の絆を深めて来た。

本国国体に初参加

1953年。母国韓国での国体に、在日同胞がはじめて参加しました。その参加競技とはわずか1種目。それはまさにサッカーの単独チームだった。

初めて海外から参加した在日同胞に対し、スタンドを埋めた母国の同胞は大喝采の拍手と歓声を送ってくれた。母国の大舞台に立ったイレブンたちは、そのドラマティックな感動を胸に、涙が止まらなかった。

在日蹴球協会の結成

1953年7月に大韓体育会の加盟団体である在日本大韓体育会が民団の傘下団体として認可されて以来、関西地区を中心に同胞青少年による各種競技団体が相次いで設立されたのです。そして、伝統を誇るサッカーを通じて、同胞青少年の体育向上と優秀選手の発掘要請に寄与しようと、在日蹴球協会設立の気運が高まったのです。

開放以降、主に関西と関東を中心に、各種団体が結成されてはそのうち活動停滞、やがて自然消滅という過程をたどった。資料不足のため蹴球協会について、正確な記録による資料が保存されておらず、ただ関係者の記憶にたよる外ありません。

その証言によると、在日本大韓蹴球協会の歴代会長は次の通りです。

1958年3月27日に結成総会を開き、初代会長に呉炳寿氏、副会長には李允求、李基寿の両氏、理事長に李裕哲氏が選出されました。

「太白クラブ」の結成

太白クラブは、本国国体の参加メンバーを中心として1960年10月に、当時の金逢吉協会事務局長が中心となり、金台浩、柳徳顕、金栄沢、許南井、蔡洙台、姜昌允、李三赫、林徳万、朴錘大、金正男、孫弘道ら、主に東日本地区の選手で結成されました。

結成後は中大出身の故李錫儀をリーダーとして日本の各大学やクラブチームなど強豪と対戦、無敵の強さを誇りながら、後輩たちの育成と日本サッカー界のレベルアップに寄与してきたのです。

また61年6月には、駒沢球場で朝鮮総連系のチーム「在日朝鮮蹴球団」(当時は「千里馬クラブ」で出場)との交流試合が行われ、3対3で引き分けました。当時の出場選手は柳徳顕、蔡洙台、林徳万、朴錘台、金栄沢、孫弘道、李三赫、金台浩、金逢吉、姜昌允、朴聖範、許南井、金正男、李錫儀、丁海龍、丁海遊ら大先輩たちです。

これら大先輩たちの伝説は、今もなお語り続けられ、その意志は現在の私たちにも永く、そして強く継承されてきました。

この後、「太白クラブ」は、在日オールコリアチーム編成によって活動が停滞し、一端解散し、「無窮花クラブ」が跡を継いだ。

渡米遠征で在米同胞と親善

1974年6月14日、在日サッカー選手団が在米大韓体育会の招きで、在日・在米僑胞サッカー親善試合のために米国に初遠征した。大規模の選手団が海外遠征したのは、これが初めてのことである。

在日選手団はロサンゼルスを始めラスベガス、デンバー、シカゴ、サンフランシスコの同胞チームと親善試合を行ったが、在日選手団は五戦全勝を記録した。初めての試みである在日・在米同胞の親善試合は、お互い祖国を遠く離れて海外に住む同胞の情愛にとけ込み、祖国愛と民族愛に燃えた友好的ムードの試合であった。

蹴球協会、第1次再建

1973年、東京韓国学校のサッカー部育ての親である丁海遊氏の呼びかけで東京韓国学校蹴球部のOB会を組織することになった。呼びかけに応じたのは、宋一烈(12期)、崔在国(12期)、鄭光一(14期)、文京一(14期)等が中心になった。名称は、かつての先輩方が使用していた「太白クラブ」と決まり、毎週日曜、東京韓学に集まり、後輩の指導と練習に励んだ。

日本社会からの除外

その後、東京都社会人リーグに加盟申請したところ、外国人チームということで不許可となり、やむなく1975年に江東区リーグに加盟、優勝・準優勝を繰り返したが、目標が見えなくなったことで、チームは後に冬眠状態に入った。

1981年当時、体育会中央の理事長職にあった延祥氏及び宋一烈の呼びかけで、再びチームを再建する事になり、名称を「ムグンファクラブ」と改名した。

この後1983年、若きサッカーマンの窮状に同情して、民団中央本部団長を務めた、故尹達鏞氏が在日本大韓蹴球会会長を引き受け協会の再建を図った。

その年の9月、74年の米国遠征につづき、グァムに海外遠征した。10月には、尹達鏞会長が選手団長として、第64回全国体育会大会(仁川)に参加、サッカーはグアム同胞と対戦し3-1で勝ったが、エントリーミスで失格となった。この頃から本国や他の海外同胞の「在日バッシング」が厳しくなってきたのだ。

1984年1月尹達鏞会長が志しなかばで急に他界され再びサッカー協会は冬眠状態に入った。

第2次再建

この間、大阪在住の洪武壬氏と東京在住文京一氏が相互連絡を取り合い、東西対抗戦や国体派遣だけは欠かさなかった。

関東地区サッカー愛好同胞は1986年7月22日、韓国中央会館に結集し、在日本大韓蹴球協会関東本部を設立した。会長には金珍寧氏が就いた。

その年の11月、夢の島グランドで、民団創団40周年記念を兼ねた関東本部設立記念サッカー大会を開催し、10チームが熱戦を繰り広げた結果、留学生チームが優勝を飾った。

そしてソウル五輪開催を目前にした1988年7月23日、韓国中央会館において、冬眠状態にあった、在日本大韓蹴球協会の総会が開かれ、新会長(第5代)に山梨県在住の朴雲行氏が選出され、常任副会長に、金珍寧氏、理事長に宋一烈氏、事務局長に文京一氏が選出された。

中国延辺同胞と交流

1989年10月25日から30日までの6日間、体育会及び蹴球協会の招請により李積風団長以下21人の中国延辺朝鮮自治州の同胞蹴球団が来日し、大阪と名古屋で親善試合を行った。

また、その返礼として1990年7月15日から24日までの10日間、在日韓国人蹴球団一行29人が中国延辺地区を訪問し、親善試合を行った。

在日本大韓蹴球協会は国内だけでなく本国や海外同胞とサッカーを通じた絆を深め続けてきたが、この後、金珍寧氏(第6代)、丁海遊氏(第7代)、宋一烈氏(第8代)へとバトンタッチされた。

在日大韓蹴球団の大統領杯挑戦

とくに2000年に就任した、宋一烈氏(東京韓国学校第12期生)は会長就任の抱負として「在日同胞選手が母国で堂々と活躍できる場を作り、夢を与えたい」と第一声。

就任まもなく、在日同胞最強チームの結成を急いだ。日本代表も強化合宿として使用している静岡県御殿場の「時之栖」で毎月1回、セレクションを実施し、全国から優秀選手を発掘した。そして就任から半年後の2000年12月、在日同胞代表チーム「在日大韓蹴球団」を結成し、翌年3月、韓国で最も伝統ある全国サッカー大会「大統領杯」に出場した。在日同胞としてだけでなく海外同胞チームとしても初の出場だけに、韓国国内や日本のマスコミでも注目された。しかし、デビューは強豪チームと互角に戦いながらも全敗。

その後、毎年大統領杯にチャレンジするものの、あと一歩及ばず、大統領杯10連敗という不名誉な記録を作ってしまった。

しかし、今年3月、慶尚南道南海で行われた4度目の大統領杯挑戦で、見事「悲願の初勝利」を成し遂げるとともに、決勝トーナメント進出を果たした。

また、これまでのチームメンバー中、数人がKリーグやJリーグのスカウト人の目にとまり、プロへと進出していきました。

ジュニアからシニアまで

在日本大韓蹴球協会では小学生を対象にしたサッカークラブ「ムグンファ・ジュニア」をはじめ、若手のチーム「MG(ムグンファ)セレソン」、シニア世代の「ムグンファ・シニア」まで幅広い世代層がサッカーを通じた同胞の輪を広げている。それぞれ毎週日曜日に練習及び試合を行っており、各種サッカー大会や親睦行事など、年中無休で活発な活動を展開している。

その中心となってきた人たち、そして支えてきたのが東京韓国学校のOBたちだ。在日本大韓蹴球協会は今後も、情熱を持って同胞の輪を広げていくことだろう。

歴代の会長、副会長、理事長一覧

初代
会長 :
呉炳寿
副会長 :
李允求 李基寿
理事長 :
李裕哲
2代
会長 :
韓桧俊
副会長 :
安周中 金龍宅 郭泰石
理事長 :
金世基
3代
会長 :
李裕哲
副会長 :
金逢吉 柳徳顕
理事長 :
裵竜男
4代
会長 :
尹達鏞
副会長 :
金逢吉 柳徳顕 宋台植
理事長 :
丁海遊
5代
会長 :
柳雲行
副会長 :
金珍寧 柳徳顕 金逢吉 丁海遊 宋台植
韓参洙 鄭賢式 尹守孝 林徳萬
理事長 :
宋一烈
6代
会長 :
金珍寧
7代
会長 :
丁海遊
副会長 :
宋一烈 曺 明 金成吉
8代
会長 :
宋一烈
副会長 :
曺 明 金成吉 任達文 文京一 尹源一
9代
会長 :
韓龍化
副会長 :
任達文 文京一 金英植 金允史 尹源一
10代
会長 :
金英明
副会長 :
金英植 金允史 尹源一 鄭光一

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